水戸地方裁判所 昭和49年(ワ)10号 判決 1975年1月31日
原告
栗原武雄
右訴訟代理人
小原美紀
<外一名>
被告
井川貞雄
被告
井川文平
右両名訴訟代理人
関谷信夫
<外一名>
主文
被告らは各自原告に対し金二二五万円およびこれに対する昭和四八年三月二日より完済まで年三割の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを三分し、その一づつを原告および被告らの各自負担とする。
この判決は原告において被告ら各自のため金四〇万円づつの担保を供するときはかりに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金四四九万九、六七〇円およびこれに対する昭和四八年三月二日より完済まで年三割による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は昭和四七年八月二三日訴外篠塚春夫に対し金七〇〇万円を弁済期間同年一〇月二三日、利息年一割五分、遅延損害金年三割と定めて貸付け、その担保として原告のために右篠塚所有の土地(茨城県鹿島郡鉾田町大字塔ケ崎字西舟津二八八番一ほか九筆。以下篠塚所有土地という)に右趣旨内容の折当権設定登記および停止条件付所有権移転仮登記をなした。
二、被告らは司法書士の業務に従事するものであるが、篠塚と名乗る者が篠塚春夫本人に間違いない旨の保証をなし、不動産登記法四四条に基づき保証書を作成し、もつて前記各登記を了した。
三、1、ところが、その後原告は篠塚春夫から前記各登記の抹消登記手続請求の訴(鉾田簡易裁判所昭和四七年(ハ)第一八号)を提起され、その請求原因として、「前記各登記は篠原春夫と原告との間の契約によるものではなく、篠原春夫の弟田口仁が右篠原に無断で原告と契約してなしたものであるから、無効な登記である。」と主張されるに至つた。
2、そこで、原告は驚いて事情を調査した結果、右契約当時原告に対し篠塚春夫と称して振舞つていた者は訴外田口正男であり、篠塚春夫とは全く関係のない他人であつたことが判明した。
3、そのため、前記訴訟は結局右篠塚の勝訴となり、原告のためになされた前記各登記はすべて抹消され、原告は担保権を失い、かつ篠塚こと田口正男には資力がないため、回復不能の損害を蒙つた。
四、そもそも、保証書作成に際し、保証人たる者はただ単に申請名義人が登記簿上の名義人に符号するだけでなく、現に登記義務者として申請する者と登記名義人とが同一人であることを確認した上で保証すべきであり、被告らはこのことを十分知つていたにもかかわらず、本件においては被告らは登記申請人が篠塚春夫でないことを十分知りながら、あえて右確認手続をなさず、現に登記申請をなす者と登記簿上の名義人である篠塚春夫とが同一人であることの保証をなしたものであるから、司法書士の業務に携わる者として少くとも過失の存することは明らかである。
原告は被告らの右保証行為があつたため、篠塚と称する田口正男を真実篠塚春夫であると信じ込んだ結果前記貸付をなしたもので、もしも篠塚と称する者が田口正男であることを知つていたならば、絶対に右貸付を行わなかつたものであり、従つて、被告らの保証行為と原告の損害との間には相当因果関係があり、被告らはその保証行為によつて原告に蒙らせたつぎの損害を賠償すべき義務がある。<以下省略>
理由
一篠塚所有土地に原告のために原告主張の如き趣旨内容の抵当権設定登記および停止条件付所有権移転仮登記がなされていることは当事者間に争いがない。
右争いのない事実と<証拠>によれば、金融業者である原告は昭和四七年八月二三日訴外篠塚春夫に対し七〇〇万円を弁済期昭和四七年一〇月二三日利息年一割五分、債務不履行の場合の損害金を年三割と定めて貸付け、その担保のために篠塚所有土地に前記の如く抵当権設定登記および停止条件付所有権移転仮登記を経由したが、その後右篠塚から右各登記は同人の弟である訴外田口仁が勝手になしたものであるとしてその抹消登記手続請求訴訟を提起され敗訴し右各登記が抹消されたため、右貸付金の回収は不能となつたこと、ところで、原告は訴外山野茂樹の仲介で右篠塚に対し前記の如く金員を貸付けることとしたのであるが、訴外田口正男の言動から同人を右篠塚であると誤信しまた昭和四七年八月二三日右貸金担保のため篠塚所有土地に前記抵当権設定登記および停止条件付所有権移転仮登記をなすべく、その手続を依頼するため司法書士である被告貞雄方事務所に赴いた際にも、右正男が篠塚春夫であるかの如く振舞い、さらに被告貞雄が右正男に同行して来た訴外田口詔二から権利証がないので保証書で登記手続をするように依頼され、自らを保証人とする保証書を作成し、これによつて右登記手続をなすことを承知したため、ますます右正男が篠塚春夫に相違ないものと誤信して前記貸付をなすに至つたこと、そして右保証書は被告らによつて作成され、被告貞雄はこれを用いて前記登記手続を完了したことが認められる。<証拠判断省略>
右認定したところによれば、原告が前記貸付をしたのは右正男を篠塚春夫と誤信し、同人が金員を借受け、前記各登記をすることを承諾したものと誤信したためであるが、その誤信は被告らの作成した保証書にも基因していることは明らかであるから、保証書の作成と前記貸付との間には因果関係があり、従つて、被告らに過失のある限り、被告らは原告が右貸付によつて蒙つた損害につき賠償責任を免れないこととなる。
二そこで、被告らの過失の存否につき判断するに、<証拠>によれば、昭和四七年八月二三日前記各登記手続を委任すべく被告貞雄方事務所を訪れたのは貸主の原告、仲介人の訴外山野茂樹、借主側の前記正男および詔二であつたが、被告貞雄はそれ以前に同人らから登記手続等を依頼されたことがあつたことからかねて同人ら全員と面識があつたことや当日借主側から篠塚春夫の印鑑、印鑑証明書、土地評価証明書等が提出され、またかねて同人をも知つていたことから、同被告は前記貸付は篠塚との真実の合意に基づくもので、前各登記手続についても同人が承諾しているものと軽信し、前記各登記手続が同人の意思に基づくものか等につき何等の確認手続をとることもなく被告文平とともに保証書を作成したことが認められる。<証拠判断省略>
ところで、不動産登記法四四条が登記義務者の権利に関する登記済証が滅失したときは申請書に登記義務者の人違いなきことを保証した書面を添付すべきものとしたのは、これによつて現に登記義務者として登記申請をなす者が登記簿上の権利名義人と同一人であつて登記申請がその意思に基づくことを確め、もつて不正の登記を防止し、登記の正確を維持するにあるものと解すべく、従つて保証人は単に申請名義人が登記簿上の権利名義人と符合するというような形式上においてのみならず、現に申請をなす登記義務者と登記簿上の権利名義人とが事実上同一人であることを確知してこれを保証することを要すべく、代理人によつて登記申請をなす場合には、その本人が登調簿上の名義人と符合するはもちろん、その代理人が正当な代理権を有する者であることをも確知するのでなければ保証をなすことはできないものというべきである(大判、昭和二〇年一二月二二日、民集二四、一三七参看)。しかるに、被告らが右の点に深く想いをいたすことなく、前記の諸点につき何等の確認手続をもとらず、前記貸付につき篠塚が当然了知しているものと軽信して保証書を作成したことについては、被告らに少くとも保証人として善良な管理者の注意義務を怠つた過失があつたことを否定することはできないのである。
三しかしながら、金融業者である原告としても金七〇〇万円という大口の貸付をするにあたつて借主について十分に調査確認し、誤りなきを期すべきところ、本件においては原告が自ら右調査確認をなした事跡を認めることがきないのであつて、原告にも相当程度の過失があるものというべきであるから、当裁判所は損害額の算定にあたり職権をもつてこの点を斟酌すべきものとする。
四原告が訴外篠塚春夫こと田口正男から昭和四七年八月二三日金八四万円、昭和四八年三月一日金二五〇万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがない。しかして、弁済の充当につき当事者の指定のあつたことの認められない本件においては法定充当によるべく、これによれば、充当関係はつぎのようになる。
1 昭和四七年八月二三日の金八四万円はまず元金七〇〇万円に対する貸付日である昭和四七年八月二三日より弁済期である同年一〇月二三日までの年一割五分の割合の約定利息金一七万五千円に充当し、残額六六万五千円は右元金に充当する。しかるときは残元金は金六三三万五千円となる。
2 昭和四八年三月一日の金二五〇万円は残元金六三三万五千円に対する昭和四七年一〇月二四日より昭和四八年三月一日までの年三割の割合による約定遅延損害金六七万一、六八四円(円未満四捨五入)に充当し、残額一八二万八、三一六円は右残元金に充当する。しかるときは残元金は金四五〇万六、六八四円となる。
しかして、原告の前記過失を斟酌し、原告が被告らに対して請求しうべき損害額を金二二五万円と認定する。
五それ故、原告の本訴請求は金二二五万円およびこれに対する昭和四八年三月二日より完済まで年三割の割合による約定遅延損害金の各自支払を求める限度で正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。
よつて、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。 (太田昭雄)